カテゴリー別アーカイブ: The Damned

PledgeMusicでThe Damnedの新譜CDをオーダー。さて、どうなる?

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Twitterでふっと流れてきたダムドの短い動画。。。
そこには、ヴァニアンとキャプテンが「クラウドファンディングで新譜を作る」と言っているのが映っていた。。。
それはいいね!と思ったけど、情報がそれだけで、何もわからなくて。。。

見つけたのが、こちら。
New AlbumPre-order the new album from The Damned, on CD and coloured LP, alongside some very exclusive merch and experiences.

CDとTシャツを購入、、、したけど、音沙汰ない?!
カードで購入したんだけど、、、こういうときって、発送されるときに決済されるのかしら?
そういえば、明細にそういうのがあった記憶がないような?

と思っていたら、「40周年アニバーサリーツアーのライブ盤を出すよ」っていうお知らせも来たので、ちょっと様子見をしていたら、年を越してしまいました。

40th Anniversary Tour – Live In MargatePre-order the new The Damned live album 40th Anniversary Tour – Live In Margate, recorded by Live Here Now on 19/12/16.

これね、、、「40周年記念ツアー」って言ってるのは、1stアルバムの再現ライブなので、1stに思い入れがあるわけじゃないから、、、と思っていたら、それ以外の曲も入っているらしい。あら?
でも、、、DVDじゃないんだよね。。。
それに、絶対ロイヤルアルバートホールでやったときのライブをDVDにするべきだったよ。
ヴァニさん、翼が生えてたし。

でも、、、他の曲も入ってるってわかったら、欲しくなってる。。。汗

来日のときに持って来てくれれば、速攻買うのにな。。。

それより、すでに注文したつもりの、ニュー・アルバムっていうのは、、、
これからレコーディングするってことかな?
いつになるんだろう?

PledgeMusic

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ジョン・モス(カルチャー・クラブ)が、ほんの一瞬ダムドにいた件を検証。

ダムドのドキュメンタリー映画『地獄に堕ちた野郎ども』を観ていたら、カルチャー・クラブのドラマーであるジョン・モス(Jon Moss)が出てきて、びっくり。
しかも、一回目は「カルチャー・クラブ」の肩書だったのが、二回目は「ダムド」になっていたから、もっと驚いた。
すごく気になったので、いろいろ調べて検証してみた。(完全に個人的興味の世界)

まずは、簡単に「ジョン・モス ダムド」でググル。
案外あっさり見つかったのが、こちら。
続・ジョン・モス/カルチャー・クラブの話」(「兵庫慎司のロック余談」2011.08.22 16:20)
ここから、ふたつの記事にリンクされている。
BOW WOW WOWとCULTURE CLUBの話(「兵庫慎司のロック余談」2011.08.15 19:00)」
BOW WOW WOW」(「RO69が行く!サマソニブログ’11」2011.08.14 17:43)
やっぱりマルコム・マクラーレン絡みなのか。

RO兵庫さん宛てに、カルチャークラブの「FROM LUXURY TO HEARTACHE ラグジャリー・トゥ・ハートエイク」のライナーノーツをコピーして送ってくれた人がいた!
そこには、バンドのバイオグラフィーの欄があり、メンバーの経歴が書かれているそうだ。
ジョン・モスは19歳で音楽事務所に所属してから、オリジナル・パンク~ニュー・ウェイヴのいろいろなバンドを転々としていた、ということらしい。
そこには「1977年、ダムドに加入。が、翌年バンドが活動停止。」と書かれているらしい。
つまり、ダムドの最初の解散の前に、まずラット・スケイビーズが脱退してから、まだちょっと活動していて、その頃ということなのだろう。

FROM LUXURY TO HEARTACHE ラグジャリー・トゥ・ハートエイク
by カエレバ

一方、Wikipedia(英語)には「1978年」にジョン・モスがダムドにいたと書かれている。
The Damned(band)(
From Wikipedia, the free encyclopedia)

その根拠となっているのが、カルチャークラブのオフィシャルHPのジョン・モスの初期バイオグラフィーのページ。
JON MOSS – Early Biography
だが、ここには、ジョンの証言は載っているけれど、具体的な年号などは記載されていない。
1977年から年をまたいでいるので、1977年ダムド加入で1978年ダムド解散で、「FROM LUXURY TO HEARTACHE ラグジャリー・トゥ・ハートエイク」のライナーノーツの記載とも、あっている。

次に、そんなとき、偶然、図書館で借りてきたCD「ウェイキング・アップ・ウィズ・ザ・ハウス・オン・ファイヤー/Waking Up With the House on Fire」のライナーノーツにもバンドのバイオグラフィーがあった。(何故か、コピーじゃなくて、写真)

カルチャークラブ「ウェイキング・アップ・ウィズ・ザ・ハウス・オン・ファイヤー/Waking Up With the House on Fire」ライナーノーツのバイオグラフィー(一部)

カルチャークラブのメンバーの活動がごちゃごちゃに混ざっていて、他のものよりわかりにくそう。
これによると、ジョン・モスは、ダムドに1977年に加入してから事故にあい入院までしているらしい。
(よかった、「ダムドの呪い」で生きてた!と思ってしまった。)
そして、年をまたいで、1978年にダムドが解散してしまうので、ほとんど活動はしてないような。
なんとかYouTubeでラット以外のドラマーが叩いている1977年か78年の動画は見つからないかな?と思って見るけど、なかなかない。

ウェイキング・アップ・ウィズ・ザ・ハウス・オン・ファイヤー/Waking Up With the House on Fire
by カエレバ

その他にわかることは、ジョン・モスは、ダムドの前にはクラッシュにいて、その後にはアダム&ジ・アンツにいたりしたらしく、すごく興味深いとともに、すごく世界が狭くてびっくりするくらいだ。
そもそも、マルコム・マクラーレンの掌の上なのか?

そして、個人的には、やはり今年(2016年)カルチャー・クラブを観たことも、ダムドに辿り着くのに必要な道しるべというか、行程というか、何か意味があったんだろうなぁ、と思っているところ。

【追記(2016年12月1日)】2ndアルバム発売が77年11月で、直後ラット脱退。ブライアン・ジェイムスが脱退表明したのが78年初頭。そして78年4月にフェアウェルコンサートを最後に解散。ジョン・モスがいたのは77年12月から78年4月、ということになる。
(しかし、78年11月には再結成。早いね、何もかも。) 
<追記部分参照サイト>『KINKS-SIZEKINKDOM』ー「THE DAMNED 1976~????

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願いは叶う!ダムド来日決定です♪

この前、記事をやっと書き終えてから、2日目です!
願えば叶うのですね。。。うるうる。。。

ダムド、単独で来日決定です。

ザ・ダムド、来年3月に単独来日公演が決定(NME JAPAN)

THE DAMNED JAPAN TOUR(クリエイテイブマン)

今日は、大安でもあるそうで、お赤飯を食べました♪
めでたい♪

3rdアルバム「マシンガン・エチケット」と4thアルバム「ブラック・アルバム」がオリジナル日本盤LPを再現した紙ジャケ仕様で限定発売中。

by カエレバ

by カエレバ